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福岡地方裁判所 昭和36年(行)12号 判決

佐賀市神野町九三四番地の四〇

原告

野田竜千代

右訴訟代理人弁護士

吉浦大蔵

福岡市大名町三〇〇番地

被告

福岡国税局長 澄田智

右指定代理人

中村盛雄

和田臣司

塩野正蔵

右当事者間の昭和三六年(行)第一二号贈与税審査請求棄却決定取消請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が原告に対し昭和三六年三月一六日なした原告の昭和三四年度分贈与税に関する審査請求を棄却する旨の決定を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として

一、原告は訴外合名会社松永名菓堂の社員であるが、佐賀税務署長は昭和三五年七月一九日原告に対し、原告が昭和三四年中に野田ウメから金一七七万円の贈与を受けながらその申告をしなかつたという理由で、原告の昭和三四年度分贈与税として課税価格一七七万円、基礎控除後の課税価格一五七万円、納付すべき贈与税額四二八、〇〇〇円、無申告加算税額一〇七、〇〇〇円、納付税額合計五三五、〇〇〇円とする旨の決定をし、右決定通知書は同月二〇日原告に到達した。

そこで原告は同年八月一九日佐賀税務署長に対し再調査の請求をして、次のように主張した。

(一)  原告は野田ウメから右金員の贈与を受けたことはない。

(二)  右決定は前記合名会社松永名菓堂の昭和三四事業年度決算書借入金内訳表に、同年七月一七日から同月三〇日までの借入金五口合計金二〇五万円、同年八月二七日の借入金二〇万円および同年一一月九日の借入金八万円が、いずれも原告からの借入金として記載されていることを根拠にしたものと思われるが、右の記載は誤記であつて、正しくは野田ウメからの借入金として表示すべきものであつたところ、当時右会社の会計係であつた訴外御厨ユミ(旧姓松永)が原告から直接右各金員の交付を受けたため、誤つて右会社の伝票に原告からの借入金と記載しそれに基いて記載された右決算書にも前記のような誤記がなされたものである。そして昭和三五年六月右会社が法人税の調査を受けた際、右の誤記を発見したので係官にその旨諒解を求めて直ちにこれを訂正した。

ところが佐賀税務署長は昭和三四年一一月一五日右再調査請求を却下する旨の決定をなし、該決定通知書は同月一六日原告に到達したが、その理由は次のとおりである。

(一)  右会社がその最も重要な経理内容である借入金、出資金について記入後一年、決算後半年も経過し、しかも昭和三五年二月一九日原告の夫で同会社の代表社員である野田健吾に対し、野田ウメ名義の家屋および宅地の売却代金の一部が原告名義で同会社への貸付金に充てられていることについて税務署から贈与税申告のしようようがなされており、さらに同年六月法人税調査の際やはり税務署員から贈与税に該当する旨指摘されているにかゝわらず右誤記に気づかなかつたとは認められない。なお昭和三五年二月二九日法人税確定申告提出書類中にも原告名義で明記せられている点よりして、原告の当該申立を却下する。

そこで原告は、昭和三五年一二月一〇日被告に対し、次のように主張して審査の請求をした。

(一)  原告は野田ウメから前記金員の贈与を受けたことはない。

(二)  右訴外会社は同族会社で規模も小さく、当時の事務担当者は、税法の智識に乏しく経験も浅い女子一名だけであつたから、伝票の記載誤りもあり得たことである。

(三)  右却下決定にはその理由として、借入金、出資金についての誤記に気づかなかつたとは認め難い旨記載されているが、出資金については記入の誤りは全然ない。

(四)  昭和三五年二月一九日野田健吾に対し贈与税申告のしようようがなされたことはない。

(五)  同年六月の法人税の調査の際には、野田健吾が帳簿に誤記あることに気づき税務署員にその旨を告げ諒解を求めて誤記訂正をしたのである。

ところが被告は昭和三六年三月一六日再調査請求に対する却下決定には誤りがあるが、法人の帳簿に原告からの借入金と記載したことについては、決算も済んで社員たる原告および野田ウメもこれを承認しているのであるから、書き違いとは同視できず、右決定には誤りは認められない、との理由で原告の審査請求を棄却する旨の決定をし、該決定通知書は昭和三六年三月一九日原告に到達した。

二、しかしながら、原告は野田ウメから前記金一七七万円の贈与を受けた事実はないから、佐賀税務署長がした本件贈与税決定は違法であり、したがつて原告の審査請求を棄却した被告の決定もまた違法であるから、その取り消しを求める。と述べ

被告の主張に対し、原告が野田ウメから前記金員の贈与を受けたものでない事情は原告が前記再調査請求ならびに審査請求の各理由としてである。と述べた。

被告指定代理人は、主文と同旨の判決を求め、答弁として

一、請求原因一の事実は認めるが、二の事実は争う。

二、原告は昭和三四年七月一六日頃野田ウメから現金一七七万円の贈与を受けたものである。すなわち、野田ウメは原告の実母であるが、昭和三四年七月一六日その所有する家屋および宅地を代金二二〇万円で他に売却し、そのうち一部である金一七七万円を原告に贈与した。

原告は前記合名会社松永名菓堂に昭和三四年七月一七日から同月三〇日までの間に金二〇五万円、同年八月二七日金二〇万円、同年一一月九日金八万円、合計金二三三万円を貸付けているが、右貸付金は前記受贈金をその一部に充てたものであり、なお野田ウメは前記売却代金のうち右贈与金を差引いた残金四三万円を同年八月七日前記会社に増資金として貸付けたものである。右事実は会社備付けの元帳の記載により明らかであつて、これら帳簿類に原告主張のような誤記があるとは到底考えられない。

さらに佐賀税務署員紫垣雅弘は野田ウメの家屋および宅地の売却による護渡所得税の調査のため同人に対し昭和三五年二月一九日佐賀税務署に出頭を求めたところ、ウメに代わつて野田健吾が出頭したので事情を聴取したが、同人の供述につきその後の調査によつて疑いを生じたため再度同人の出頭を求め右売却代金の使途等を聴取したところ、同人は野田ウメから右売却代金の一部を原告および野田健吾が贈与を受けた旨を申し立てた。そこで紫垣雅弘は野田健吾に対し、贈与税の申告書を示してこれが申告をしようようしたが、その後同人は紫垣に宛て封書をもつて前記売却代金のうち五〇万円は前記会社の増資にあて、残金一七〇万円は右会社の借金返済に使用した旨申し立てた。そこで紫垣はさらに野田健吾の出頭を求めたが同人はこれに応じなかつたけれども既に佐賀税務署に提出されていた右会社の昭和三四事業年度分の法人税額確定申告書等を調査した結果、同申告書添付の決算報告書により原告が右会社に貸付けている金額中一七七万円は原告が野田ウメから贈与を受けたものと認められたので、佐賀税務署長は原告に対し課税価格および贈与税額の決定をした。そして本件贈与税に関する決定通知書が原告に送達されたところ、原告は再調査の請求をしたので、佐賀税務署長はこれを却下したが、原告はさらに被告に対し審査請求をしたので、被告はこれを棄却した。その理由はいずれも請求原因一に記載されたとおりである。

以上の次第で、被告がした棄却決定にはなんら違法の点はないから原告の本訴請求は失当である、と述べた。

立証として、原告訴訟代理人は、甲第一ないし第七号証を提出してその検証を求め、証人御厨ユミ、野田ウメ、野田健吾(第一、二回)、宮城福永の各証言、原告本人尋問の結果を援用し、乙号各証の成立を認め、被告指定代理人は、乙第一ないし第三号証の各一、二を提出し、証人紫垣雅弘の証言を援用し、甲号各証の成立を認めた。

理由

請求原因一の事実は当事者間に争いがない。

原告が昭和三四年中に野田ウメから金一七七万円の贈与を受けたかどうか、が本件における争点である。以下この点について考察する。

証人野田ウメ、野田健吾(第一回)の各証言および原告本人の供述を綜合すれば、原告は合名会社松永名菓堂の社員であつて、右合名会社は社員として原告のほかにその母である野田ウメおよび代表社員として原告の夫野田健吾で構成されているいわゆる同族会社であるが、右会社は昭和三三年末頃から昭和三四年にかけて菓子製造業界の不況のため経営難に陥入り、その打解策として運転資金を調達する必要に迫られた。そこで原告および夫の健吾は母ウメに対し会社資金捻出のためウメ所有の家屋および宅地を売却することを懇請した結果、昭和三四年七月一六日頃ウメはその所有にかゝる家屋および宅地を代金二二〇万円で他に売却したこと、そして右家屋および宅地はウメの唯一の所有不動産であつて、しかも原告はウメの一人娘でウメの夫は既に死亡しており他に相続人がないことが各認められ、右認定の事実に、各成立に争のない乙第一、二、号証の各一、二、証人御厨ユミ、紫垣雅弘の各証言証人野田健吾の証言(第一回)および原告本人の供述の各一部を綜合すると、ウメは既に老令のこととて前記合名会社松永名菓堂の経営には殆んど関与することはなかつたが、なお同会社の社員の一員であるところから、右家屋および宅地の売却代金のうちその一部はこれを自己の出資金として同会社の増資にあて、その残余はこれを原告に贈与することとし、これら売却代金の処分を原告に委せた。そこで原告は同年八月七日右売却代金のうち金四三万円はこれをウメ名義で前記会社に対する同人の出資金にあて、ウメから贈与を受けたその残額金一七七万円は原告からこれを同年七月一七日から八月二七日までの間における右会社への貸付金の一部にあてたものである事実を認めることができる。

原告は、右金一七七万円の贈与の事実を否認し、原告からの前記会社への貸付金は、当時会社の会計係をしていた御厨ユミが、原告から手渡された金員を誤つて原告からの借入金として甲第一ないし第五号証の入金伝票に記載したため会社帳簿にもその旨誤記されたものであると主張し、前示証人御厨ユミ、野田ウメ、野田健吾(第一、二回)の各証言および原告本人の供述中には、右原告の主張に副う部分があるが、これらの各供述はいずれも前顕各証拠に照らして措信し難く、他に前示認定をくつがえすに足る証拠はない。

以上認定の事実によると、原告は昭和三四年七月母ウメから金一七七万円の贈与を受けたものというべきである。

そうすると、被告がした原告の昭和三四年度分贈与税に関する審査請求の棄却決定を違法とする原告の本訴請求は失当であつて棄却を免れない。

よつて民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小西信三 裁判官 唐松寛 裁判官 川崎貞夫)

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